
イカゲーム流行ってますね。
私もNetflix見てしまいました。
平気で人が死んでいくのでなかなか怖かったですが、出演者も演技派揃いでついつい見入ってしまいました。
さて、最終話のシーンでなぜあのようなゲームが開催されたか明かされます。下記、主催者のおじいちゃんのセリフです。
君は金が全くないものと金が多すぎる者の共通点は何だか分かるか?人生がつまらないということだ。金があり余っている者は、何を買ったり食べたり飲んだりしても結局はつまらなくなってしまう。いつからか私の顧客たちがこう言うようになった。楽しいと思えることがもうなくなってしまった。だから皆で集まって考えてみたんだ。何をすれば少しは楽しいと思えるかをな。
イカゲーム(Netflix)
そう、このゲームは刺激を追い求めた金持ちの道楽だったわけですw
これは私の持論なんですが、基本的に幸せって変化量で感じるものだと思うんです。例えば旅行が楽しいのも今の生活と違う経験ができるという変化量があるから楽しいわけですよね。変化量が大きければ大きいほど感じる幸福も大きくなります。
私がここで言いたいのは、変化量に幸せを感じているとすれば、お金を使って生活水準を上げても慣れてしまえば幸福度は元通りということです。
このような経験はありませんか?
- これまでよりも高いアクセサリーを買ってテンションが上がったが、慣れてくると何も感じなくなり、より良いものが欲しくなる
- より広くて綺麗な家に住んだが、だんだん悪いところに目がつくようになり、愚痴を言い始める
私の経験ではありませんよw
つまり、最初は今までの生活との変化分を感じて幸せに浸るわけですが、慣れてしまえば感じなくなってしまうんです。
しかも、一度上げてしまった生活水準は中々下げることはできません。なぜかというと、マイナスの変化量は不幸せだからです。わざわざ不幸せな行為をしたいと思う人はいないですよね。つまり、一度上げた生活水準は現状維持かさらに上げるかしかないわけです。したがって、現状にすぐ満足できなくなる人は危険かもしれません。
生活水準を上げる→満足できなくなる→生活水準を上げる→満足できなくなる→…
このスパイラルを続けた結果、生活水準が上がりすぎて次第にお金を使っても変化量を感じられなくなる、、、。そんな人の行き着く先はイカゲームなのかもしれません、、。
はいwとまあホラーチックになってしまったわけですが、もちろん幸せは変化量以外にも感じることができます。これは自分の心持ち次第なのかなと思います。
- 好きな人と一緒にいる
- 好きなことに取り組む
- 毎日食べられる食事があることに感謝する
こういった当たり前のことに感謝して、当たり前の日常に楽しさを見出す、その姿勢が大切なんじゃないかと思う次第です。
