「〜とは何か」、「〜と〜の違いは何か」こんな説明をするときに、本質ではなく性質を羅列する人、結構いますよね。
会社でも結構いるんですが、そういう説明をされると何がなんだか、頭がオッパッピー状態になってしまいます。
簡単な例
ちょっとした例を挙げたいと思います。
Googleで「ミラーレスカメラ とは」で検索して、一番上のページを開いてみます。一眼レフとミラーレスの違いを説明した記事が出てきます。少し見てみると、両者の違いをこんな感じの項目で説明しています。
- サイズの違い
- ミラーの有無とファインダーの違い
- 画質とイメージセンサーの違い
- 交換レンズのラインナップの違い
まさに性質の羅列ですねw
一眼レフとミラーレスの本質的な違いは、光学式ファインダーと光学式ファインダーへ光を送るミラーの有無です。つまり、2番目の項目が本質的違いですね。
次に、ミラーレスカメラにはミラーが無いので、その分小型化、軽量化が可能となってます。つまり、サイズや重さの違いは、本質的な違いから生まれた性質です。
また、「画質とイメージセンサーの違い」については、ミラーレスは小型化が可能なので、その分イメージセンサーも小さいものが採用される場合がある、といったところでしょうか。もちろん、ミラーレスでも一眼レフと同様のセンサーが採用される場合もあるでしょう。つまり、3番目の違いは小型化できるという性質からさらに派生した性質と言えるでしょう。
イメージとしてはこんな感じでしょうか。

このように考えると、これらを全て並列で羅列して説明するという行為がいかにナンセンスか分かっていただけるのではないでしょうか。
自分がある程度知っている内容なら、こういう説明を受けても何となく自分の中で整理できるんですが、全く知らない内容だとほんとに苦労するんですよね。初めからちゃんと説明してくれとw
本質を見ることの重要性
このように、情報がたくさんある中でも本質とそこから派生するものの関係を理解しながら物事を見ていくと、いろんなものが実は根底ではつながっていることに気がつきます。情報のつながりを意識することは重要ですね。

今の時代、いろいろなものが個別化、細分化されてます。
教育を例にとれば、文系、理系の区別、大学に行けば学部、学科と細かく分かれます。便宜上分類することは理解できますが、分けるだけ分けて、全体のつながりは無視されている、そんな感じはしませんか?分類は人間が勝手に分けているだけであって、本来はつながりのあるもののはずです。
つまり、元をたどれば本質は共通なのに、細分化された先端部分だけを独立して見てしまっている。そんな場面が多い気がします。
文系、理系と聞くと大きな違いがあるように刷り込まれていますが、果たしてそうでしょうか。高校時代からそれらが大きな違いであるかのように扱われ、その選択がその後の人生を左右する。
何か本質的な部分が無視されているように感じます。
このような教育体制こそが、性質を羅列するだけの人間を生んでいるのかもしれません。
きれいにまとまった、、、、w
では。

